今日は朝早く目が覚めた。
散歩に出ることも考えたけれど、次に泊まる宿を探し始めたら止まらなくなってしまった。気が付けば昼近く。ようやく前半に泊まる宿は予約できたものの、後半はまだ決めていない。実際に泊まってみてから考えようと思っている。
宿探しを終えたあと、ふと手が止まった。
今、自分はどんな人生を生きているのだろう。
会社を辞め、時間に縛られず、海外を旅しながら暮らす。若い頃なら憧れていたような生活を送っている。
もちろん、自由はある。
好きな時間に起きて、歩きたい街を歩き、気になる店に入る。誰かに急かされることもない。
でも、その自由に満足している今だからこそ思うことがある。
旅先で気分が高揚しているうちに、本当は目を向けなければならないことを見落としてはいないだろうか。
物事には必ず明るい面と暗い面がある。
そのことを考えているうちに、太陽の姿が頭に浮かんだ。
太陽が高く昇っているとき、影は短い。
でも西へ傾くにつれて、影は少しずつ長くなっていく。
今の自分にとって、その太陽はどの高さにあるのだろう。
まだ昇っている途中なのか。それとも、もうゆっくりと沈み始めているのか。
その答えは、今はまだ分からない。
きっと未来になって振り返ったときにしか分からないことなのだと思う。
そんなことを考えていると、パタヤという街も重なって見えてきた。
パタヤは西向きの海岸だ。
毎日、美しい夕日が海へ沈んでいく。
この街には欧米から来た年配の人たちが本当に多い。現役を終え、暖かい場所で静かに暮らす人たちを見ていると、ここは人生の夕暮れを過ごす街なのかもしれないと思うことがある。
一方で、ベトナムのダナンは東向きの海岸だ。
海から昇る朝日を眺める街。
だから人生まで上向くわけではないのは分かっている。それでも、人は景色に意味を重ねてしまう。
もちろん、街が人生を決めるわけではない。
同じパタヤでも、新しい挑戦を始める人もいれば、静かな余生を楽しむ人もいる。
結局、昇る太陽なのか、沈む太陽なのかを決めるのは街ではなく、自分自身なのだろう。
それでも、この街で夕日を眺めていると考えてしまう。
今の自分の太陽は、どちらへ向かっているのだろう、と。
答えはまだ出ない。
でも、それでいい。
人生は思い通りにはならない。だからこそ、その時々の風を受け止めながら、自分で帆の向きを選び続けるしかない。
数年後、この旅を振り返ったとき、「あの頃が新しい人生の始まりだった」と思えるのか。それとも違う意味を持つ時間だったと思うのか。
その答えは、未来の自分だけが知っている。


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