違う世界を生きるということ

タイの夜、久しぶりに昔の知人へ連絡をしてみた。

以前なら、そのまま連絡を取らなくなって終わっていた相手だ。

当時は旅を通して、お互いの価値観や考え方の違いを強く感じた。

どちらが正しいという話ではない。

ただ、同じ景色を見ていても、見えているものが違う。大切にしていることも違う。

そんなことを実感した旅だった。

その後は自然と距離ができ、お互い連絡を取らなくなった。

でも時間というものは不思議だ。

あれほど引っ掛かっていた出来事も、少しずつ角が取れていく。

だから今回、またタイへ来たことだけを短く伝えてみた。

まだ返事はない。

返事が来るかどうかは分からない。

来なければ、それも一つの答えなのだろう。

今回連絡したのは、関係を元に戻したかったからではない。

自分の中で一区切りつけたかっただけなのかもしれない。

旅を続けていると、よく考えることがある。

私のような生活をしている人は、YouTubeでは意外と見かける。

仕事を辞め、好きな場所で暮らし、旅を続けている人たちだ。

でも現実の身の回りには、ほとんどいない。

多くの人は仕事をし、家庭を持ち、社会の中で役割を果たしながら暮らしている。

そんな人たちを見ると、自分とは住む世界が違うと感じることがある。

そして時々、自分は本当にこれでいいのだろうかと考える。

自由に暮らしているように見えても、その自由を支えているのは、自分で選び、自分で責任を負うという覚悟だ。

誰かが正解を教えてくれるわけではない。

だから何度も自分に問いかける。

この生き方でいいのか、と。

たぶん、この問いはこれからも消えない。

でも最近思うのは、私は人が嫌いだから今の暮らしを選んだわけではないということだ。

大勢の中で生きることよりも、自分らしく生きることを優先した結果が、今の生活だった。

自由を手に入れた代わりに、孤独も手に入れた。

それは、この生き方の代償なのかもしれない。

それでも昔の生活へ戻りたいとは思わない。

人にはそれぞれ、生きる世界がある。

どちらが正しいわけでもない。

私はこれからも、自分なりの答えを探しながら、風の向く先へ歩いていこうと思う。

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